日本語

*アナーレカルデさん(俳優)の録音(平成25年6月19日)

スペイン語新訳『源氏物語』を聴く 「桐壺」巻(その一)

*〈ワークショップ 『源氏物語』受容の現在〉

スペイン語新訳『源氏物語』を聴く ―受容・翻訳・パフォーマンス―

日 時 2013年7月23日(火) 18:00~19:45

会 場 早稲田大学戸山キャンパス(文学学術院) 33号館 16階 第10会議室

司 会     陣野 英則 (早稲田大学文学学術院 教授)
訳者のイントロダクション アリエル・スティラーマン Ariel Stilerman (コロンビア大学博士候補生・早稲田大学交換研究員)
朗  読     アナ・レカルデ Ana Recalde (俳 優)
コメンテーター  清水 憲男 (早稲田大学文学学術院 教授)

これまでのスペイン語訳『源氏物語』(3種)は、いずれもウェイリー、タイラーなどによる英訳からの重訳でした。このたびアリエル・スティラーマンさんが、『源氏物語』「桐壺」巻の原文をできるだけ忠実にスペイン語に翻訳されました。たとえば『源氏物語』では大半の文に主語がありませんが、スペイン語でも主語を置かずに訳すことが可能です。そのように原文の特性を活かした新訳を、今回は日本在住の俳優 アナ・レカルデさんに朗読していただきます。日本語とスペイン語による解説、さらに字幕も交えながらのパフォーマンスです。文字と音声の両面から受容と翻訳の問題を考える機会になればとおもいます。

後援:セルバンテス文化センター東京 (Instituto Cervantes Tokio)、国際交流基金、〈重点領域研究〉早稲田大学国際日本文学・文化研究所、〈早稲田大学総合人文科学研究センター〉国際日本学共同研究部門

チラシ

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 *これまでのスペイン語訳『源氏物語』(3種)について

これまで、スペイン語に訳された『源氏物語』は3種あるが、いずれも欧州の他言語からの重訳である。

1)グティエレス訳(「葵」巻までの部分訳)

アーサー・ウェイリー氏による初めての英訳(The tale of Genji by Lady Murasaki. London: G. Allen & Unwin; Boston: Houghton Mifflin, 1925-1933)、および部分的ながらもヤマタ・キク氏によってなされた初めての仏語訳(Le Roman de Genji. Paris, Flon, 1928)を参考にした上で、フェルナンド・グティエレス氏は、冒頭から9巻目までをスペイン語に訳し、1941年に一冊本として出版した(Romance de Genji. Barcelona: Juventud, 1941)。それが、スペイン語訳『源氏物語』の最初の試みとなった。

グティエレス氏によるスペイン語訳の「桐壺」巻、その冒頭の部分は以下の通りである。

En la corte de un Emperador –no importa en qué tiempo– vivía entre las numerosas azafatas y damas de la Corte una mujer de condición modesta, a quien se había favorecido más que a las demás.

「いづれの御時にか」と始まる物語を、ずっと昔の出来事に対応するような、昔話的なスペイン語の文体で訳している点、また、曖昧な部分や分かりにくい表現については翻訳者の解釈によって自由に手を加えたりしている点がみとめられるが、これらは、ウェイリー氏の英訳の影響が示されていると考えられる。

その一例を挙げてみると、たとえば「Emperador」(帝)や「Corte」(宮中)という表現がグティエレス氏の訳文にはみえるが、これらに対応する単語は、原文にはまったく見られないのである。

2)フィブラ訳(全訳)

グティエレス氏の訳本刊行から60年有余ののち、すなわち2005年に、ジョルディ・フィブラ氏は、ロイヤル・タイラー氏による英訳(The Tale of Genji. New York : Viking, 2001)をもとにして『源氏物語』をスペイン語に訳し、さらにはタイラー氏の英訳版に用いられていた江戸時代の版本の挿絵をも流用して、スペイン語訳としては最初の全訳『源氏物語』がまとめられることとなった(La historia de Genji. Vilahur: Ediciones Atalanta, 2005 / Los relatos de Uji. Vilahur: Ediciones Atalanta, 2006)。

ここでも、その「桐壺」巻の冒頭部から引用してみよう。

En cierto reinado (¿cuál pudo haber sido?), alguien de rango no muy elevado gozaba de un favor excepcional entre todas las consortes e íntimas de Su Majestad.

この訳文の特徴を簡単に述べると、グティエレス氏の文体に比べてより親密なスタイルであり、自分の目の前で起こっている出来事を語るといった、語り手の口吻をおもわせる文体が選択されているだろう。

3)フェレール訳(全訳)

さらに2005年には、欧米の数ヶ国において既に訳されている複数の『源氏物語』翻訳書を参照しながら、グザビエ・ロカ・フェレール氏が『源氏物語』のスペイン語全訳を出版した(La novela de Genji I & II. Barcelona: Ediciones Destino, 2005)。「いづれの御時にか……」の部分に当たる訳は、以下のとおりとなっている。

En la corte de cierto emperador, cuyo nombre y año en que subió al trono omitiré, vivía una dama que, aun sin pertenecer a los rangos superiores de la nobleza, había cautivado a su señor hasta el extremo de convertirse en su favorita indiscutida.

ここでは先行する複数の言語の翻訳が混ぜて利用されており、かつ段落の順番なども自由に扱ってしまっているため、専門家はもちろんのこと、一般の読者にとっても役に立つ可能性が低くなってしまった。

また、スペイン語訳ではないが、スペイン語に近いイタリア語の全訳であり、また『源氏物語』の原文を可能な限り尊重する立場で訳者が原文から直接に翻訳したものであり、しかも最近出版されたものでもある、マリアテレサ・オルシ氏の翻訳も見過ごすわけにはゆかない(La storia di Genji. Torino : Einaudi, 2012)。参考までに以下に「桐壺」巻の冒頭部を挙げておく。

 Durante il regno di un certo Sovrano, non so bene quale, tra le numerose Spose Imperiali e dame di Corte ve n’era una che, seppure di rango non molto elevato, più di ogni altra godeva dei favori di Sua Maestà. (Maria Teresa Orsi, La storia di Genji, 2012)

最後に、国文学研究資料館教授・伊藤鉄也氏からの情報提供によると、イヴァン・アウグスト・ピント・ロマン、ヒロコ・イズミ・シモノ両氏の翻訳によって、今年の8月にペルー日系人協会より「篝火」巻までの前篇(El Relato de Genji -primera parte-. Fondo Editorial de la Asociación Peruano Japonesa)が刊行される予定とのことである。

 *この新訳の方針や使用法

今回のスペイン語訳『源氏物語』「桐壺」巻の作成に際しては、陣野研究室の支援を受けた。また、『源氏物語』の翻訳研究の専門家として著名な緑川真知子氏からも、早い段階で貴重なご助言をいただくことができた。

2011~2013年度に渡る翻訳作業を開始するにあたっては、以下のような翻訳計画を立てた。

 1)「桐壺」巻の原文をできるだけ忠実にスペイン語に翻訳することとした。

 2)原文の曖昧な部分や分かりにくい表現に関しては、できるだけ翻訳者の解釈を加えないように努めることとした。言葉を補足しないとどういしても訳文としての意味がとおらないという場合には、その補足した部分を灰色にして示すこととした。

 3)『源氏物語』の出だしの文章から一貫して、原文における一文(句点「。」で区切られるところまで)を翻訳においてもそれに合わせて一文にするよう努めた。『源氏物語』の一文、一文は比較的長いのだが、非常に長い場合であってもスペイン語において文を複数に分けるということは避けた。

4)原文で、同じ表現が二度、三度と繰り返し出てくる場合には、それに合わせてスペイン語でも同じ表現を繰り返すこととした。

5)国宝『源氏物語絵巻』の「東屋」巻(一)〈徳川美術館蔵〉に見られるように、『源氏物語』のような物語作品は女房によって朗読されていたと思われるので、今回の翻訳においても朗読にふさわしいように、スタイルや文体を調整した。

6)原文では、大半の文において主語がないのが特徴的である。スペイン語でも、主語を置かずに訳すことが可能なので、今回のスペイン語訳では、主語が置かれていない文章についてはそのまま訳すこととした。

  ちなみに、英語およびドイツ語では主語を置かなければ翻訳として成り立ちようがないのだが、これらの言語に訳されたもの(ウェイリー・サイデンスティッカー・タイラーなどによる英訳、およびベンルの独訳)に基づいてなされた重訳では、主語をわざわざ置くことになってしまっている。

7)原文では、主語がない場合であっても、待遇表現――とりわけ尊敬語・謙譲語の用い方に注目することで、そこでの主語を推測することができる場合が多い。しかし、残念ながら(古文であれ現代日本語文であれ)日本語の繊細な待遇表現(敬語)をスペイン語に置き換えるための方法は、未だに発見されていない。その代わりに、今回のスペイン語訳では、動詞や形容詞の活用形により、主語をある程度は推測しうるように工夫した(とはいえ、わかりにくい場合もあるので、その際は読者への配慮から、灰色にして主語を補足していることもある)。

8)最後に、今回の翻訳の目的としては、『源氏物語』の原文に忠実といいうる初めてのスペイン語訳を 作成することだけにとどまらず、できる限り、スペイン語圏が日本語圏と直接つながるようにしたいという希望もあった。

アリエル・スティラーマン agstiler@gmail.com

 

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